世界史はゲルマン人の大移動の巻

世界史

世界史・ゲルマン人の大移動(原因)

原因は寒冷化や農耕不足といわれるが、直接はフン人の西進である。

フン人は黒海北岸の東ゴート人を服属させ、黒海西岸にいた西ゴート人を圧迫した。

西ゴート人375年に移動を開始。翌年ドナウ川を渡河してローマ帝国領内に侵入した。(ライン川ドナウ川以南がローマ帝国)

大移動後の地にはスラブ人が定住することになる。

フン人王アッティラ

5世紀前半、パンノニア(現ハンガリー)にフン人の王アッティラが大帝国を築いた。中央アジアから現在のドイツまでを支配する。

アッティラはカタラウヌムの戦い(451)で、西ローマ帝国と西ゴート族等ゲルマン連合軍に敗北。

翌年、イタリアに侵入するも教皇レオ1世の説得でローマ侵入は断念

アッティラの死後、フン帝国は分裂。

征服されていた東ゴート族も独立を取り戻すことになる(後述あり)。

ゲルマン人の大移動(前史)

ここで少しさかのぼって、前史を見てみよう。

はじめ西ヨーロッパにはケルト人が住んでいた。ケルト人はインド=ヨーロッパ語系であり、銃器を使用した。やがて、ローマ人が現れて征服されてしまう。

また、ゲルマン人は始めバルト海沿岸に住んでいた。同じくインド=ヨーロッパ語系で、生活は狩猟や牧畜、農耕だった。

やがて、ケルト人を圧迫するようになる。

ゲルマン人は50ほどの部族国家(キヴィタス)をつくり、それを王や首長が率いた。身分は貴族や平民、奴隷に分かれる。

重要なことは民会で決められた。これは自由民の全成人男性による最高議決機関である。

<原始ゲルマン世界の資料>
  • カエサル『ガリア戦記』(共和政期)
  • タキトゥス『ゲルマニア』(帝政期)

ガリア戦記はラテン語で書かれていて、ガリア遠征の際の覚書である。ゲルマニアはローマ貴族への批判だ。

ゲルマン人は農耕を進歩させて、人口も増やした。次第に農地不足となる。

新しい農地を求めて移動するようになった。紀元前後にはライン川・ドナウ川北方に到達する。

ゲルマン人の中にはすでにローマ帝国内に平和的移住するものもいた。傭兵やコロヌス・下級官吏として活動していた。

約50ほどの部族国家は、やがて10ほどの大部族(シュタム)に統合。

↓ゴート族は分裂。

ゲルマン人の大移動(地図)

図1.ゲルマン人の大移動地図 出典:浜島書店編集部(1999)p.84

部族別

西ゴート族

410年、ローマ略奪。アラリック王に率いられ、バルカン半島からイタリア半島へ侵入。

418年、西ゴート王国を建国。南ガリア(南フランス)のトロサ(トゥールーズ)を都とする。

6世紀、フランク族のクローヴィスに敗れ、イベリア半島に移動。トレドを都に王国を建国。

6世紀末、アリウス派からアタナシウス派に改宗。

711年、西ゴート王国滅亡。イスラーム勢力のウマイヤ朝に侵略される。

東ゴート族

アッティラの死により、東ゴート族は独立を取り戻す。

493年、イタリアに東ゴート王国を建国(都:ラヴェンナ)。テオドリック王は東ローマからの要請によりオドアケルを討伐。

555年、東ローマ帝国により滅亡。

ヴァンダル族

エルベ川の東からガリアを横断してイベリアへ。

イベリア半島のアンダルシアはヴァンダルの名残。

その後、南ガリアに移動してきた西ゴート族に敗れる。

429年、北アフリカのカルタゴ(現在のチュニジア)にヴァンダル王国を建国。

534年、東ローマ帝国より滅亡。

ブルグンド族

443年、ライン川中流域に建国。南フランスのブルゴーニュはブルグンドの名残。

534年、フランク王国より滅亡。

ランゴバルド族

568年、イタリアでランゴバルド王国建国。6世紀初め、南ドイツより移動開始。その後、イタリアに侵入し、東ローマ帝国を破る。

北イタリアのロンバルディアはランゴバルトの名残。

774年、フランク王国により滅亡。

アングロ=サクソン族(=アングル族・サクソン族・ジュート族)

5世紀半ば、ブリタニアに侵入。

449年、ヘプターキー(七王国)を建国。20程の小国が7つに統合した。

七王国(ノーサンブリア、マーシア、イースト=アングリア、エセックス、ウェセックス、サセックス、ケント)。

9世紀、ウェセックス王エグバート(エグベルト)が七王国統一、イングランド王国となる。

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フランク族

481年、北ガリアでフランク王国建国。その後、西欧を統一へ。

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