ヘレニズム時代(世界史)

世界史

ヘレニズム時代(世界史)

ヘレニズム時代・・・前334~前30。アレクサンドロス大王による東方遠征から、ローマによるプトレマイオス朝エジプト滅亡までをさす。

東方遠征

マケドニアのフィリッポス2世の子、アレクサンドロス大王が、前334年、東方遠征(ペルシア遠征)を開始した。理由はペルシア戦争後もたびたび干渉してきたアケメネス朝ペルシアを打つためだ。

イッソスの戦い(前333)、アルベラの戦い(前331)などでアケメネス朝ペルシアを滅ぼし、インダス川にまで広がる大帝国を築いた。

東方風の専制君主(=自らを神格化)として支配して、各地にアレクサンドリアを建設。

アレクサンドロス大王はバビロンで病死。

部下の将軍たちによるディアドコイ(後継者)戦争が起こる。

帝国の分裂は決定的になる。ギリシャ人が各地の王となり、その名前が王朝名となった。これらの国をヘレニズム諸国という。

ヘレニズム三国

アンティゴノス朝マケドニア(前276~前168)

ギリシャ本土を中心とするマケドニア王国。首都はペラ。アンティゴノス2世がカッサンドロスから王位を奪う(前276)。

ピュドナの戦い(前168)でローマ軍に敗れる。滅亡へ。

セレウコス朝シリア(前312~前64)

当初の都はセレウキア→遷都してアンティオキアへ。

領土が広く辺境までまとめきれなくなる。前3世紀半ばギリシャ系のバクトリアとイラン系のパルティアが独立する。

前64年、ローマのポンペイウスにより征服され滅亡。

プトレマイオス朝エジプト(前304~前30)

都のアレクサンドリアはヘレニズム世界の中心地。

前31年、アクティウムの海戦に敗れ、翌年クレオパトラの自殺により滅亡。

このように3つのヘレニズム諸国はローマによって征服、属州化され滅亡する。プトレマイオス朝エジプトの滅亡を最後にヘレニズム時代が終わる。

共和政ローマへつづく。

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