エーゲ文明(世界史)

世界史

エーゲ文明(世界史)

東地中海沿岸では、オリエントからの影響のもとにヨーロッパではじめての青銅器文明が誕生した。これをエーゲ文明とよぶ。

エーゲ文明ってのは広義で、その中に代表的な文明としてクレタやミケーネがある。そしてトロイヤ文明も含む。

【エーゲ文明】

  • クレタ文明
  • ミケーネ文明
  • トロイア文明

※資料集『タペストリー』参考

クレタ文明

クレタ文明(前2000〜前1400)

前2000年ごろにはじまるクレタ文明は明るく開放的で「平和的」な文明といわれる。外からの侵入に対する警戒心がうすく、宮殿には城壁がない。武器も出土していない。

代表的な宮殿であるクノッソス宮殿は宗教的権威を背景にした王の住居。宮殿には数100もの部屋が複雑に配置されている。壁画には海の生き物が描かれていて、王妃の間にあるイルカの絵は海洋民族であったことの一面を伝えている。

クレタ文明を発見したのはイギリスのエヴァンスだ。彼は粘土板に記された文字をクレタ絵文字・線文字A・線文字Bと分類した。

線文字Aがこの時代に使われた文字とされるが、いまだに解読はされていない。そのため民族系統は分かっていない。

ミケーネ文明

ミケーネ文明(前1600〜前1200)

もともと前2000年ごろに、北方から移住してきたインド=ヨーロッパ語系民族がギリシア人の祖先で、その一派にアカイヤ人がいる。

アカイヤ人=ギリシア人だ。

前1600年頃、クレタやオリエントの影響を受けたアカイヤ人(ギリシア人)がミケーネ文明を形成。ミケーネ・ティリンス・ピュロスなどに城塞王宮とそれを中心にした小王国を建国した。

彼らはクレタ文明にくらべて「戦闘的」である。巨石城塞の遺跡がみつかっていて、前15世紀にはクレタ島に侵入して支配、さらに小アジアのトロイア(トロヤ)までその勢力がおよぶ。

専制的な王のもとには役人や軍人がいて、農民からは農産物や家畜、武器などの手工業製品を貢納(こうのう)として取り立てていた。それをもとに宮廷で働く職人や奴隷を養っていたという【貢納王政】。

この時代に使っていた線文字Bはイギリス人のヴェントリスによって解読されているため、ミケーネ文明のことはある程度のことが分かっている。

ミケーネ文明の諸王国は前1200年ごろに突然破壊され、滅亡した。明確な原因は不明である。ただ、可能性としていくつかの要因あがっている。例えば、貢納王政による支配の行き詰まり・戦争・反乱・気候変動・疫病・「海の民」の侵入などだ。複数の原因によるものらしい。。ともあれ滅亡後、ギリシアは暗黒時代に突入していった。

トロイア文明

トロイア文明(前2600〜前1200)

トロイア文明を形成した民族は不明。王が巨大な権力をもつオリエント風の政治であった。発掘者はミケーネ文明と同様シュリーマン[独]。文字は不明。アカイヤ人(ギリシア人)により滅亡した。

以上、随時更新します。

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